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米国および欧州における医薬品価格改革:変化の行方

米国・EUの薬価制度改革2025|グローバル戦略への影響

October 15, 2025

2025年、米国および欧州連合(EU)における医薬品価格制度は、大きな転換期を迎えている。両地域で進行する抜本的な価格改革は、医薬品の価格設定、交渉、そしてアクセスの仕組みを再構築し、グローバルな市場戦略にも多大な影響を及ぼしている。各国政府が価格透明性と交渉権限を強化する中、製薬業界は新たな戦略的課題と機会に直面している。本稿では、米国およびEUにおける主要改革の概要、その市場戦略への影響、そして外国製造業者・スポンサーがこの変化に適応し成長するための示唆を考察する。

米国:最恵国(MFN)制度および価格交渉権限の強化

米国政府は、通商政策と関税権限を価格改革に統合し、グローバルな価格戦略を根本的に変えつつある。

  • メディケア薬価交渉制度の導入
    米国メディケア・メディケイド・サービスセンター(CMS)は、年間支出の多い医薬品を対象に価格交渉を直接実施。第1弾として10品目の交渉が行われ、約18億ドルの削減効果が見込まれている。
  • 最恵国(Most-Favored Nation; MFN)価格ルール
    行政命令により、米国の医薬品価格をOECD加盟国(経済協力開発機構38か国)の最低価格に連動させる制度が導入された。これにより、一部製品では最大90%の価格低下が予測されている。
  • 州レベルでの価格統制
    コロラド州などでは「医薬品価格適正化委員会(Prescription Drug Affordability Board)」が設立され、医薬品の上限支払額設定権限を有している。

実例:価格交渉と実施動向

• アストラゼネカ社のCOPD吸入薬
2025年10月の合意により、同社のBevespi AerosphereおよびBreztri Aerosphereは、米国政府主導の消費者直販プログラムを通じて96〜99%の値引き価格で提供されることとなった。同社はまた、2030年までに500億ドルを米国内の製造・研究に投資する計画を発表している。

• アンジェン社の生物製剤Enbrel(エタネルセプト)
関節リウマチなど自己免疫疾患に用いられる本剤について、メディケア患者向けに最大67%の価格引き下げが合意された。直接販売チャネルを通じたさらなる割引も予定されている。

欧州連合:価値基準型価格設定と多国間協調交渉の進展

EUでは、加盟国間の協調を通じて交渉力の強化と価格透明性の向上を進めている。

  • 共同価格交渉(Joint Negotiation
    BeNeLuxA(ベルギー、オランダ、ルクセンブルク、オーストリア、アイルランド)などの枠組みでは、複数国が共同で価格交渉を行い、支払者の交渉力を高めている。
  • 価格透明性の強化
    新規則により、実際の支払価格(ネット価格)およびリベート構造の開示が義務化され、従来の非公開価格戦略に影響を及ぼしている。
  • ジェネリック参入の促進
    Bolar条項の拡大により、特許期間中でもジェネリック開発の準備が可能となり、独占期間の短縮が進んでいる。

ケーススタディ:BeNeLuxAによる共同交渉の成果

2018年7月、ベルギーとオランダは、BeNeLuxAの枠組みを通じて、脊髄性筋萎縮症(SMA)治療薬スピンラザ(ヌシネセン)の共同価格交渉を実施した。
主な成果
• 両国は共同のHTA(医療技術評価)を経て、良好な償還条件を獲得。
• 両国の患者集団を統合することで、製薬企業に対する交渉力を強化。
戦略的示唆
• 協調的交渉力の向上:希少疾患治療薬では、データ共有と資源統合により有利な価格設定が可能。
• 他国への展開モデル:BeNeLuxA+など新たな多国間協定を誘発し、欧州内での価格連携の拡大を促進。
• エビデンス創出:共同HTAにより、実臨床データに基づく持続的なアクセスモデルが形成された。

比較概要:米国とEUの価格制度の相違

項目

米国

欧州連合(EU

主要政策手段

MFN価格設定、関税、直接交渉

HTA、共同交渉、外部参照価格制度(ERP)

法的根拠

行政命令・交渉ベースの執行

各国法・償還制度・多国間協調

適用範囲

全国一律(メディケアおよび商業保険に波及)

各国ごとに分断、独自の償還機関が存在

透明性の要求

リベート・実価格の開示義務強化

徐々に拡大中、機密保持慣行が根強い

国際波及効果

海外価格上昇圧力により米国利益を維持

支払者側が価格主導権を維持、コスト分担リスクあり

外国企業への影響

交渉拒否時は関税リスク、再価格設定の必要性

各国での複雑な交渉負担と価格防衛が必要

外国製造業者・スポンサーへの戦略的示唆

  • 収益圧縮リスク:米国の薬価交渉やMFN制度により純利益率が低下する可能性。海外市場価格の見直しは、各国支払者の抵抗を招く恐れがある。
  • 通商・規制要因の影響:米国は関税および規制措置を価格交渉の手段として活用。CMSやHHSとの早期関与が重要。
  • 上市戦略の最適化:低価格市場での先行上市はグローバル参照価格(ERP)に影響を与えるため、国別優先順位の慎重な設計が求められる。
  • 価格透明性への対応:米国・EUでのリベート開示要求の高まりにより、従来の非公開割引モデルが制約を受ける。
  • 実世界エビデンスに基づく交渉:支払者はアウトカム指標に基づく価格設定を求めており、HEOR(医療経済・アウトカム研究)体制の強化が不可欠。
  • 現地製造の重要性:米国政策は国内生産を優遇しており、現地投資は交渉上の優位性と市場アクセス確保に直結。
  • 法規制動向の継続的モニタリング:米国の行政命令への法的挑戦、EU法改正など、政策変動を常時追跡する体制が求められる。

結語

これらの改革は、透明性要求の高まりや交渉の複雑化といった課題をもたらす一方で、価値基準型医療や成果連動型価格設定の推進など、新たなイノベーションの道を開く契機ともなる。
政策動向を先読みし、透明性・成果志向・地域適応を重視した戦略を採る企業こそ、将来の市場で競争優位を確立できるだろう。変化への機敏な対応とデータ駆動型意思決定が、グローバルな持続的成長の鍵となる。