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Trump’s Drug Tariff Shockwave

トランプ政権の医薬品関税ショック:グローバル製薬サプライチェーンの混乱と再編

March 17, 2025

2025年2月、トランプ政権は輸入医薬品に25%以上の関税を課す方針を発表しました。この政策は、米国の貿易政策における重大な転換点となり、グローバルな医療サプライチェーン、医薬品価格、企業戦略、国際関係に広範な影響を及ぼすと考えられています。本記事では、この政策がもたらす影響を多角的に分析します。

I. グローバル製薬サプライチェーンへの即時的な影響

1. ジェネリック医薬品市場への影響

米国では処方薬の90%がジェネリック医薬品であり、そのうち50%以上の有効成分(API)は中国やインドから輸入されています。関税の導入により、抗生物質や抗がん剤などの重要な医薬品の供給不足が発生し、数ヶ月以内に価格が10~30%上昇する可能性があります。

また、インドは世界最大のジェネリック医薬品輸出国ですが、APIの70%を中国に依存しているため、関税によるコスト上昇はサプライチェーン全体に波及すると予想されます。

先発薬メーカーへのコスト圧力

ノバルティスやロシュのような多国籍製薬企業は、米国市場で大きな収益を上げており(例:武田薬品は売上の50%を米国で占める)、輸出コストの増加に直面します。これにより、高価格の専門医薬品の価格がさらに上昇し、患者のアクセスが制限されるリスクが高まります。

II. 米国医療市場の混乱

1. 価格上昇と消費者負担の増加

米国の家庭は、関税による直接的な価格上昇に加え、ジェネリック医薬品の不足による二次的な価格上昇という二重の影響を受ける可能性があります。イェール大学の研究によると、低所得世帯は年間1,200ドルの購買力を失う可能性があると試算されています。また、保険プランの自己負担額の増加により、医療格差の拡大が懸念されています。

2. 米国内製造業への逆説的な影響

関税の目的は米国内での医薬品生産を促進することですが、実際には大きな課題があります。FDA認可の製造施設の建設には数十億ドルの投資が必要であり、さらに米国の労働コストはアジアの3~5倍に達するため、生産コストの急増が避けられません。

ファイザーやメルクのような大手企業は米国内の生産能力を拡大する可能性がありますが、中小製薬企業はコスト負担に耐えられず、市場から撤退するリスクがあります。

III. グローバルサプライチェーンの再編と戦略的シフト

1. 生産拠点の地域分散(「中国+1」「インド+1」戦略)

企業は「中国+1」や「インド+1」戦略を採用し、東南アジアやメキシコへの生産移転を進める可能性があります。例えば、日本企業は米国市場へのアクセスを確保するために米国内の工場建設を加速しています。ただし、こうした移行には数年単位の時間と莫大な投資が必要であり、既存のネットワークを完全に置き換えることは困難です。

2. 米中の製薬依存関係

中国はAPIの世界供給の40%を担っており、短期的にはその依存を解消することは不可能です。西側企業がサプライチェーンを再構築するには莫大なコストがかかるため、現実的な解決策とはなりません。一方で、中国の製薬企業は高付加価値APIやバイオ医薬品の開発を加速し、欧州や「一帯一路」諸国への輸出を強化する動きが進むでしょう。

IV. 地政学的影響と貿易摩擦の激化

1. 多国間貿易の原則の崩壊

トランプ政権の「報復関税」は世界貿易機関(WTO)の原則に違反する可能性があり、インドやスイスなどの国々が対抗措置を取ると考えられます。例えば、インドは米国の農産物輸出に報復関税を課す可能性があり、中国はすでにWTOに異議を申し立てています。こうした紛争の激化は、世界貿易の安定性を脅かす要因となります。

2. 同盟国との関係悪化

日本や韓国のような米国の同盟国も、関税の影響を受ける可能性があります。韓国は、LNG(液化天然ガス)の輸入と引き換えに関税の免除を求める交渉を行うなど、貿易摩擦が外交問題に発展しています。

V. 製薬企業の適応策と今後の展望

1. サプライチェーンの多様化と現地生産

製薬企業は、コスト効率と市場アクセスのバランスを取るために合弁事業やM&Aを活用する可能性があります。例えば、TSMC(台湾積体電路製造)の650億ドル規模の米国内投資モデルが、製薬業界のローカライズ戦略の参考になるかもしれません。

2. ロビー活動と法的対策

米国製薬業界の主要団体であるPhRMA(製薬研究製造業者協会)*は、関税の撤回や価格維持のための政治的圧力を強めています。また、一部の企業はWTOへの提訴や、不可欠な医薬品の関税免除申請を検討する可能性があります。

3. 自動化とコスト最適化

AIやロボティクスを活用することで、人件費の削減が可能になります。例えば、サムスンのテキサス半導体工場(80%自動化)のような成功例が、製薬業界のモデルになるかもしれません。

結論

トランプ政権の医薬品関税は、短期的には供給混乱と価格上昇を引き起こす一方で、長期的には業界の地殻変動を促す可能性があります。しかし、米国は「国内回帰(リショアリング)」の目標と、公衆衛生、インフレ、外交関係への影響を慎重に天秤にかける必要があります。

一方、中国やインドなどの主要生産国は、技術的自立を加速し、貿易パートナーを多様化することが求められます。今後の医薬品業界の行方は、科学技術の進歩だけでなく、グローバルな戦略の柔軟性によっても左右されるでしょう。

* 米国製薬研究工業協会(旧称:製薬工業協会)は、製薬業界の企業を代表するアメリカの業界団体です。